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2011年10月10日 (月)

特別展「巨椋池」

3連休、終わっちゃいましたねwobbly

この3連休、どのように過ごされたでしょか。
オイラは土曜が仕事でしたが、日・月と京都に帰ってました。

そして宇治市歴史資料館で今月1日からされている
特別展「巨椋池-そして干拓は行われた-」を見に行ってきました。

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「巨椋池」というのは京都市の南部、伏見区から宇治市、久御山町あたりに
あった池で、当時は京都府下最大の湖沼だったそうです。

で、表現が過去形になっているのは、今回の特別展のタイトルにもあるように
干拓されて今は田んぼや畑、住宅地になってしまっていて、ほとんどその
面影は残されてなくて、第二京阪道に「巨椋池インター」という名前があるくらい
しか、世間一般に人たちのその名前が触れることはなさそうです。


この特別展、時代とともに姿を変えていった池の歴史が
わかるようになっていて、池が描かれた江戸時代の絵や、
干拓前の空中写真、干拓事業の様子などがわかりやすく
展示、説明されています。

池でおこなわれていた漁の様子やその道具も展示されていて、
たくさんの魚もいたようですし、蓮の名所としても有名だったようで、
巨椋池が蓮の名所として載っている鉄道会社の沿線案内も展示されてました。

その沿線案内を見ると、つい”テツ”的な興味をもって見てしまいますcoldsweats01
まずは近鉄京都線の前身の奈良電の沿線案内に描かれた路線図を見ると、
途中の小倉駅から京阪の宇治駅へと延びる路線と大阪方面へと延びる
路線が描かれてます。
もともと奈良電は小倉から先はまっすぐ京都へと向かわずに、東へと
向かって京阪宇治駅へと向かって、京阪に乗り入れて京都市内へと
向かう計画だったんですよね。ところが途中に工場があって、とりあえず
そのまままっすぐ北上する今のルートで京都市内へと向かったということを
昔なにかの本で読んだ記憶があります。
さらには小倉から分岐して大阪方面への路線を敷設する免許も取得
したということも、”未成線”を扱った本に載ってました。
これらが実現してたら関西の鉄道路線網も今とは違っていたでしょうね。

さらに京阪の路線図には、京阪本線と同じように新京阪線(今の阪急
京都線)も描かれてました。新京阪として開業後、京阪と合併して
京阪の路線となっていたので当然なんですけど、今は阪急京都線と
なっている線が京阪の路線として載っているのが新鮮でした。
京都側の終点が京阪京都駅(今の阪急大宮駅)になっていることや、
大阪側の終点が天神橋駅(現在の天六)になっていて、淡路~十三は
支線だったりなど、こちらも路線図からいろんな歴史が見てとれて
面白かったです。



なんだか巨椋池なのか鉄道の話なんだかわかんなく
なってしまいましたが、以上、特別展「巨椋池」でした。

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コメント

もう完全になくなっているのでしょうか。
それとも一部残してハスなどがあるとか・・・

完全に消えるとなると池に住んでいた竜神?
の祟りがあってこわいと聞いています。

多分それを治める何か象徴的なものが
あると思います。

近くでも祟りがあり、死人が多発したので
急いで小さな祠を作りました。

投稿: matsubara | 2011年10月11日 (火) 08時40分

「巨椋池」って聞いたことがあるような、ないような…?です。
『古事記 下巻』に載っていた地名かもしれません。うろ覚えではありますが、何となく聞き覚えがあるようなところです。
鉄道網は、こちら愛知もかつては、ずいぶん違っていたそうです。
私鉄はそのほとんどが名鉄に吸収・合併されたようですが、奥三河には線路こそ残っていないものの、かつてそこに鉄道が走っていた痕跡が今も残っているそうです。 

投稿: 慕辺未行 | 2011年10月11日 (火) 23時44分

matsubaraさま
今は完全に池はなくなっています。
祟りですか!?
どこかに碑か祠のようなものがあるのかもしれませんが、
そこまでは分かりませんでした。
でも何かそういったものがきっとあるのでしょうから
調べてみて訪れてみたいと思います。

投稿: Junjiro | 2011年10月12日 (水) 00時36分

慕辺未行さま
巨椋池は大昔からあったようですので、昔の文学作品にも
登場しているかもしれませんね。
鉄道網はそれぞれの地域の歴史を知ったりすることも
できて調べてみると面白いです。廃線跡や未成線に興味が
あるので、そういうことを調べたり、実際におとずれたり
するとわくわくします。

投稿: Junjiro | 2011年10月12日 (水) 00時44分

南海沿線故に京阪や奈良方面の電鉄系には??な俺ですが、
そう言った路線の変遷からも地域の歴史を紐解くことが出来て面白いですね。
子どもの頃、昔の京阪の電車の色がどうしても南海の真似っこにみえてしまってましたww

投稿: 大樹 | 2011年10月12日 (水) 19時46分

大樹さま
そうなんですよ、鉄道路線の変遷というのも見てみると面白いです。
南海も、戦時中の国の施策で近鉄と合併していた時期がありましたし、
もしそのままだったら、今とは違った路線網になっていたかも
しれないです。
たしかに昔の南海と京阪、似た色使いですね。

投稿: Junjiro | 2011年10月12日 (水) 21時24分

巨椋池!懐かしいです!!
私、生まれてから、実家が2回程、引越ししてますが、
一番最初に住んでたのが、槙島あたりやったので、
小学生の頃、巨椋池について学びましたよ。

未成線については、一切知らなかったので、
勉強になりした!
祠についても、気になりますね。

投稿: みるみる | 2011年10月18日 (火) 20時35分

みるみるさま
"槇島"という地名も、たしか巨椋池にあった島に
由来する名前でしたよね。
懐かしく読んでもらえてよかったです。
未成線は、たまたま本で読んで知っていただけでして、
全く名残もないですからまったくわからないですよね。

たしか西宇治公園にあった碑は、宇治川の堤防が
決壊した水害の時のものだったですし…、
干拓に関連した祠かなにかないか気になります。

投稿: Junjiro | 2011年10月19日 (水) 00時54分

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